90年代J-POP黄金期と「歌われる音楽」の関係
※本記事は、30年以上作曲を続けてきた私自身の視点から、90年代~2000年代初頭のJ-POP黄金期について考察したものです。このテーマは一つの記事で語り尽くせるものではありません。本記事では、その中でも私が特に印象的だと感じたポイントを中心にまとめています。
カラオケが流行ったからJ-POPが売れたのではない
90年代は「カラオケブーム」とよく言われます。
しかし私は、その順番は少し違うのではないかと考えています。
当時はテレビをつければ歌番組があり、ドラマ主題歌が流れ、CMソングが街中で流れていました。
スマートフォンもSNSもない時代です。
流行を知る場所はテレビであり、音楽そのものが若者文化の中心にありました。
さらに団塊ジュニア世代という日本でも特に人口の多い世代が青春時代を迎え、バブル崩壊後とはいえその消費文化の余韻がまだ色濃く残る、そんな時代背景も重なります。
CDはミリオンセラーを連発し、一人で毎月何枚もCDを買うことも珍しくありませんでした。
私は、
CDが社会現象になったからこそ、カラオケも社会現象になった。
そう考えています。
「歌うため」にCDを買う人も多かった
今では少し想像しにくいかもしれませんが、当時発売されるCDシングルには、ボーカル入りの曲だけでなく、**カラオケ(オフボーカル版)**が収録されていることがよくありました。
これは単なるおまけではありません。
実際にその音源を使って歌の練習をする人が本当に多かったのです。
家ではCDコンポで歌詞カードを見ながら歌う。
社会人なら通勤中の車でカーステレオを流しながら練習する。
そうして曲を覚え、週末には友人や恋人とカラオケへ行く。
当時のCDは、音楽を聴くためのものでもあり、
「歌えるようになるための教材」
でもありました。
カラオケは自分を表現する場所だった
90年代のカラオケは、今以上に特別な意味を持っていました。
飲み会の二次会。
友人同士の遊び。
学校の仲間との集まり。
カラオケへ行くこと自体が、ごく自然なコミュニケーションの一つだったのです。
そして、そこで歌うことには、今よりもずっと大きな意味がありました。
当時は、**「歌が上手い人は格好いい」**という空気が確かにありました。
男の子は好きな女の子に少しでも格好よく見られたい。
女の子も好きな曲を素敵に歌えるようになりたい。
そんな思いから、新曲が出ればCDを買い、歌詞カードを見ながら何度も練習する人は本当にたくさんいました。
普段はあまり目立たない人が、カラオケで驚くほど歌が上手かった。
そんな姿を見て、
「そんなに歌えるんだ。」
と周囲の見る目が変わることも珍しくありませんでした。
歌がきっかけで異性との距離が縮まることもありましたし、友達同士で盛り上がることもありました。
歌い終われば、
「プロになれるよ!」
とみんなで笑いながら拍手をする。
もちろん本気でプロになれると思っていたわけではありません。
でも、その場にいる全員が笑顔になれる。
そんな時間そのものが、90年代の青春だったように思います。
作曲家も「歌われること」を考えていた時代
私は90年代J-POP黄金期を研究していて、一つ感じることがあります。
それは、多くのヒット曲が、
「歌われること」
を前提に作られていたのではないか、ということです。
もちろん難しい曲もあります。
しかし全体として見ると、極端に歌いにくいメロディは少なく、一般の人でも気持ちよく歌える音域や構成になっている曲が非常に多くありました。
織田哲郎さんをはじめ、多くの作曲家がアーティストごとの個性を大切にしながら楽曲を書いていたことは、当時のインタビューなどからも伝わってきます。
そして、その先にはカラオケで歌う人たちの存在もあったのではないでしょうか。
難しすぎれば歌われません。
簡単すぎれば印象に残りません。
その絶妙なバランスの中で、
歌いやすさと個性を両立させる。
そこに90年代の作曲家たちの技術があったのだと思います。
歌詞に自分を重ねる文化があった
もう一つ、この時代ならではだったのが歌詞です。
当時のJ-POPは、歌詞の世界観をとても大切にしていました。
失恋。
恋愛。
夢。
別れ。
希望。
歌っている本人だけではなく、
歌う人自身が、その歌詞に自分を重ねて歌う。
そんな文化がありました。
だから同じ曲でも、
聴く人によって思い浮かぶ景色が違う。
歌う人によって感情も変わる。
音楽は、自分の人生を重ねるものでもあったのです。
90年代J-POPは「歌う文化」が育てた
90年代J-POPは、
聴くための音楽であると同時に、
歌うための音楽でもありました。
CDを買う。
歌詞カードを見ながら覚える。
家や車で何度も練習する。
友人や恋人とカラオケへ行く。
そして、また新しい曲を好きになる。
その繰り返しが、CDを何百万枚も売る市場を支え、カラオケという文化を社会現象へと押し上げていったのです。
私は、90年代J-POPが今でも色褪せない理由は、単に名曲が多かったからではないと思っています。
人は歌うことで、その曲を自分自身の思い出に変えていく。
だから30年以上経った今でも、イントロが流れただけで自然と口ずさめる。
90年代J-POPは、聴いて終わる音楽ではなく、歌うことで人生の一部になっていく音楽だったのではないでしょうか。
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執筆者プロフィール
MARUYA328(中丸 勲)
合同会社momopla 代表 / 総合BGMプロデューサー
音楽制作歴30年以上。テレビ番組、企業案件、インターネット動画向けのBGM制作を手がけ、これまでに29,000曲以上のオリジナルBGM・効果音を制作。制作した楽曲は、テレビ番組、企業コンテンツ、有名YouTuberの動画など、幅広いメディアで採用されています。
現在は、オリジナル音楽素材サイト AIBGM(AI BGM Library) および FreeBGM.jp を運営し、映像制作者・動画クリエイター・企業向けに音楽素材を提供しています。公開楽曲の累計ダウンロード数は50万ダウンロードを突破しました。
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