メロディだけでは説明できない、音楽を育てる時代があった
※本記事は、30年以上作曲を続けてきた私自身の視点から、90年代~2000年代初頭のJ-POP黄金期について考察したものです。このテーマは一つの記事で語り尽くせるものではありません。本記事では、その中でも私が特に印象的だと感じたポイントを中心にまとめています。
名曲はメロディだけでは生まれない
90年代から2000年代初頭のJ-POP黄金期を振り返ると、
「昔はメロディが良かった。」
という言葉をよく耳にします。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、30年以上作曲を続け、さらにAIで約3万曲を生成・検証してきた今、私は少し違う考えを持つようになりました。
名曲は、メロディだけでは生まれない。
私はそう考えています。
そこには作曲家だけではなく、アーティスト、プロデューサー、レコード会社、そして時代そのものが大きく関わっていました。
アーティストを育てる時代だった
私は、この違いの一つは制作現場そのものにあったと思っています。
今の音楽制作では、企画書やコンセプトが先にあり、
ターゲット、
世界観、
タイアップ、
SNS展開まで含めて設計されることも珍しくありません。
もちろん、それは現在の音楽制作として必要な考え方でしょう。
しかし90年代から2000年代初頭は、もっと違う空気がありました。
まず、
「このアーティストを育てよう。」
という考え方が強かった時代です。
尾崎豊と須藤晃さんのエピソード
その象徴的な例が、尾崎豊さんとプロデューサーの須藤晃さんです。
須藤さんは尾崎さんにノートを渡し、
学校のこと。
家族のこと。
友達のこと。
恋愛のこと。
思っていることを何でも書いてほしい。
そう伝え、何度も対話を重ねながら尾崎さん自身を理解していったと語っています。
つまり最初から
「売れる歌を書こう。」
ではありません。
まず人を知る。
その人は何を感じ、
何に怒り、
何に悲しみ、
何に喜ぶのか。
そこを理解した上で作品を育てていく。
私は、この姿勢こそ当時の音楽制作の象徴だったように思います。
だからメロディは自由になれた
私は30年以上ヒット曲を分析してきました。
その中で一つ感じることがあります。
本当に売れた曲は、
教科書どおりには作られていません。
メロディは、
ほんの少しだけ予想を裏切ります。
普通ならこちらへ進みそうなところで、
少し違う音へ進む。
普通ならこの言葉を置きそうなところで、
少し違う言葉を置く。
だから耳が止まる。
だから記憶に残る。
しかし、それは単なる奇抜さではありません。
そのアーティスト自身の世界観が出来上がっているからこそ、その「少しの裏切り」が違和感ではなく、
「その人らしさ」
として受け入れられるのです。
人とメロディが噛み合う瞬間
私は、この部分が一番大きいと思っています。
同じメロディでも、
歌う人が変われば印象はまったく変わります。
普通の人が歌えば違和感になる。
しかし、そのアーティストが歌うと、
「この人だから成立する。」
という空気になります。
つまり、
メロディだけが良かったのではありません。
アーティストが育っていたから、
その人にしか歌えないメロディが生まれた。
そして、
その人の世界観と、
メロディと、
歌詞が、
ぴたりと噛み合った。
私は、その瞬間に名曲が生まれるのではないかと思っています。
avex以降、音楽は大きく変わった
もちろん時代は変わります。
小室哲哉さんとavexの成功によって、
音楽業界は
「どう作るか」
だけではなく、
「どう見せるか」
「どう届けるか」
という時代へ入っていきました。
それは音楽業界にとって大きな進歩でもありました。
しかし成功したモデルは、多くの会社が真似をします。
私がコンペの現場で感じたのも、その流れでした。
企画が先にある。
ターゲットが先にある。
アーティスト像が先にある。
もちろん、それも仕事です。
ただ私は、どこか90年代とは違う空気を感じていました。
名曲は人が育てる
私は今でも思います。
90年代から2000年代初頭のJ-POP黄金期は、
単にメロディが優れていた時代ではありません。
作曲家が本気で考え、
アーティストが命を吹き込み、
プロデューサーが寄り添い、
レコード会社が責任を持って育て、
そしてリスナーが何度も聴き続ける。
その積み重ねによって、
一曲の歌は名曲になっていったのだと思います。
だから30年以上経った今でも、
あの時代の音楽は色褪せないのでしょう。
私はこれからも、
30年以上作曲を続けてきた経験と、
AIで約3万曲を生成・検証してきた経験の両方を生かしながら、
90年代~2000年代初頭のJ-POP黄金期を研究し続けていきたいと思っています。
📚 90年代J-POP作曲研究|おすすめ記事
90年代〜2000年代初頭のJ-POP黄金期を、作曲家の視点から考察・研究しています。
- 私が90年代J-POP黄金期を書き続ける理由
https://www.freebgm.jp/why-i-write-90s-jpop - ビーイングサウンドが今でも色褪せない理由
https://www.freebgm.jp/being-sound - 小室哲哉サウンドが時代を変えた理由
https://www.freebgm.jp/komuro-sound - 音楽は技術だけで作れるのか
https://www.freebgm.jp/music-is-not-only-technique - 90年代J-POPが教えてくれる「人を育てる」という制作哲学
https://www.freebgm.jp/artist-development-philosophy - なぜCDはあんなに売れたのか
https://www.freebgm.jp/why-cds-sold-so-well - サビはなぜ耳に残るのか
https://www.freebgm.jp/why-90s-jpop-choruses-stay-in-memory
🎧 実際の楽曲を聴いてみる
この記事で紹介した考え方をもとに制作したオリジナル楽曲は、FREEBGM RECORDSで公開しています。
FREEBGM RECORDSは、1980年代〜2005年のJ-POPスタイルをテーマにしたオリジナル音楽レーベルです。
ZARD、B’z、ビーイング系、小室ファミリー、歌謡曲などの時代から影響を受けたオリジナル楽曲を発表しており、全楽曲の作曲・プロデュースは MARUYA328 が担当しています。
▶ FREEBGM RECORDS
https://www.freebgm.jp/record-vr1.php
✉ 作曲・楽曲制作のお問い合わせ
90年代〜2005年J-POPスタイルのオリジナル楽曲制作や、作曲に関するご相談も承っております。
執筆者プロフィール
MARUYA328(中丸 勲)
合同会社momopla 代表 / 総合BGMプロデューサー
音楽制作歴30年以上。テレビ番組、企業案件、インターネット動画向けのBGM制作を手がけ、これまでに29,000曲以上のオリジナルBGM・効果音を制作。制作した楽曲は、テレビ番組、企業コンテンツ、有名YouTuberの動画など、幅広いメディアで採用されています。
現在は、オリジナル音楽素材サイト AIBGM(AI BGM Library) および FreeBGM.jp を運営し、映像制作者・動画クリエイター・企業向けに音楽素材を提供しています。公開楽曲の累計ダウンロード数は50万ダウンロードを突破しました。
また、自身も日々コンテンツ制作や音楽制作を行いながら、BGMの選び方、動画演出、著作権・商用利用、音楽制作、AI音楽活用などについて、実際の制作経験とサイト運営の実績をもとに情報を発信しています。
主な実績
- 音楽制作歴30年以上
- オリジナルBGM・効果音 29,000曲以上 制作
- 公開楽曲累計 50万ダウンロード突破
- テレビ番組での採用実績多数
- 有名YouTuber・映像クリエイターへの楽曲提供実績
- AIBGM(AI BGM Library) 運営
- FreeBGM.jp 運営
- 映像制作・動画活用・AI音楽分野に関する情報発信を継続中


コメント